散歩というより,あてどもなくうろつき回るのが好き.子供のころから,あっちの路地,こっちの脇道へと自ら迷い込んでいきたがるクチであった.揚げ句の果てに,自分がどこにいるのか判らなくなってしまうという,この“趣味”ではお約束の騒ぎも数知れず…….月刊誌の仕事に携わるようになってからは,なかなかそんな暇もなくなり,子供のころほどには徘徊できなくなってしまった.って,“とれいん”が創刊したのは何年前のことですかね.
それでも,ほんの数時間でも時間を捕まえることができたときには,ついつい,右へ左へと,うろついてしまうのである.
この8月のある土曜日にも,ほんの一瞬ながらもそんなチャンスがあって,神田,神保町,駿河台の周辺をうろついてみたのだった.神保町から南のほうへ,学士会館までの一角が再開発されてしまったのは,もう何年前のことだろうか.多くは第2次世界大戦後の建築だったのだろうが,いかにも味のある町並みだったのだが.
けれども幸いなことには,靖国通りからすずらん通りのあたりには,まだまだ昔の建物が健在.多くは個人の住まいだったりするから,あまりおおっぴらに紹介するわけにもいかないけれど,中には銅板張りの壁が何とも艶めかしい,元は酒場だったと思しき建物がひっそりと残っていて,思わずニンマリとしてしまうのだった.
そういえば,弊社の出版物をたくさん取り扱ってくださっている書泉グランデのすぐ裏には,知る人ぞ知る“ラドリオ”,“ミロンガ”“ロザリオ”などという店も,みんな健在.そういえば久しく日暮れ時以降にいってないけれど,“ドイツ人…ちゃう…ドイツジン”は健在だろうか.

ラドリオとミロンガの看板.どんなお店なのかは,行ってみてのお楽しみ.
すずらん通りも古い建物は激減しているが,ほぼ東の端の“文房堂”はまだまだ現役.
ここで靖国通りをを渡れば,東京消防庁の駿河台出張所.そういえば消防署の建物も,どんどん新しくなってしまった.ここはいつまでも元気でいてほしい.この出張所すぐ隣りのビルに,“鉄道ピクトリアル”の編集部があるというのは,これまた知る人ぞ知る事実ではある.
ここから明大通りの坂をあがれば御茶ノ水駅……ああ,つまらん.脇道へ潜り込んで,と.さすがに下町だけあって,こんな細い道に?と思う通りにも,例えば“道潅道”などという名前が付いていたりするのに,改めて感心して見たりしているうちに,本郷通りの坂道の途中に抜け出てしまった.
と,振り返ってみたら,なんだか落書きだらけの,窓という窓はブリキの雨戸で閉ざされた建物が目に飛び込んできた.さぁて,うかつにもこれには今まで気づかなかった.なぜだ.元は看板が架けられていたと思しきスペースの隅っこには,三角形のホーローの,さらに怪しげな宣伝が…….いったいいつの時代のものだか.“証保 社文金本日 質品”という右書きの文字の上にやっぱり右書きで“町石本 橋本日”と.そうして究めつけがその上の旭日.ご存じの方はおられまいか….

なんとも不思議な面持ちの建物.2階の窓にみえるエアコンも時代がかっているし…….でも飲料の自動販売機は最新型だったりする.
などと思案しているうちに,許された時間は失われてしまった.御茶ノ水駅に急がねば,である.途中で新しく開店したと思しきドイツビール屋が目の横を掠めたような気がするけれど,それの探索また次の機会に…….
ということで,僕の夏は,あっというまに終わってしまったのであった.
