気がつけば,レイルの78号の“編集裏話”をまだご紹介していなかった. 77号に引き続いて,発売直後に本社在庫が一時品切れになってしまったものだから,ここで宣伝して,興味を抱いた方が注文されても応じられない……という,うちわの事情もあったわけだが.今回のテーマ
レイル78号ができています
第20回 鉄研三田会写真展
先週に続いて,慶應義塾大学鉄道研究会関連の催し.前回は村樫四郎さんの版画個展だったが,今回は三田会あげての写真展.20回目となったわけだが,それにしても1年が経つのが早い……と思ったら,それもそのはず.前回は昨年10月だったから,まだ8ヵ月しか経っていない.
村樫四郎さんの版画展“鉄路夢幻”
“蒸機の時代43号”や“とれいん5月号”を読まれた方なら既にご承知の通り,今日,5月26日から,東京板橋区の“ギャラリー服部・ときわ台”で,村樫四郎さんの版画展が始まっている. 村樫さんのことは,長崎本線の海岸線でのC51やC57の優美な姿から,奥中山や狩勝峠での
吾妻線祖母島の不思議な構造物
今日,とれいん6月号が出来上がって全国に向けて発送された(書店での標準発売日は21日です).その中に本線を走りはじめたC61 20の記事を掲載している. 4月25日に高崎崎で行なわれた報道公開の模様と,4月21日から始まった本線試運転での勇姿なのだが,僕自身は,報道公
新京阪嵐山駅の変化
3月24日のここで,新京阪嵐山線の橋桁について観察してみた. その時の訪問理由は,とれいん5月号をご覧いただいた方ならもうおわかりのとおり,営業運転を開始した,阪急6300系“京とれいん”の撮影だった. この日は真横写真の撮影場所を求めて,嵐山線を何往復かした
東横線 東白楽・反町付近の線路跡が遊歩道に
4月中旬の週末,仕事があって横浜へ出向いたおり,ちょっと時間に余裕ができた.天候もよく,どこかへ小散歩でもと思いついたのが,地下化された東横線の線路跡.都市交通>東急東横線の跡地利用 " target="_blank">遊歩道として整備されるという話を耳にしていたから.東神
ブルノで折り返してウイーンへ
ブラチスラヴァを6時前に出発したペンドリーノは,順調に走り……リュブリアナとマリボルの間よりもカーブが少なくて,それほど“振子”って感じは しなかったけれど.ちなみにこちらは7輛編成.しかし食堂車ではなくビュフェであるのはスロヴェニアと同じ.一方,1等では
ブダペストからブラチスラヴァへ そして
昨日の夜は,スロヴァキアの白ワインに心地よく酔ってしまい,9時すぎには眠ってしまった. ずっと憧れていたシュコダ製のまぁるい顔つきの(しかもその顔がFRP製の)電気機関車や,ブラチスラヴァのタトラT3の更新バリエーションなどを見ていただこうかと思っていたのに…
ヴィーンからはブダペストへ
マリボルからは普通の国際急行ECに乗り換えて……列車番号を見るとOECとある.なんだ?と思ったら,“オーストリアの”ということらしい.同じ くICにもOICというのがある.なんだろう……ヴィーンへ.途中のセメリンク峠では列車後尾の貫通扉から線形をじっくりと観察.37年
超濃縮 リュブリアナ訪問 その2 そしてヴィーンへ
リュブリアナの宿は,セントラルホテルだった.このホテル,ウニオン・ホテルというグループの一員.全部同じ通り沿いにあり,もっとも格式の高いグランドホテル・ウニオン・エクスクルーシブが,駅からもっとも遠く,市街地中心部に近い場所にある. レセプションの第一声
超濃縮 リュブリアナ訪問 その1
さてそのリュブリアナ.先日のプレスコンファレンス報告で“行きたい病が……”と記したときには,もちろん今回の行程は決まっていたのであり,あの表現は,当然のことながら演出であった. しかし,今回の訪問計画とコンファレンスとはまったく無関係に計画が同時進行して
イスタンブール欧州サイド寸描
きのうのモスクは,やっぱりブルーモスクではなかった. 朝,目が覚めたら表は雨.太陽の光の下で判断しようという目算は,まったく外れてしまった.けれど,せっかくだということで,宿から歩いて5分ほどのトラ ムの停留所から国鉄のシルケチ駅までの往復乗車を敢行,併
32年目のイスタンブール
ようやく,32年ぶりに念願かなって,ブルーモスクを実際に見ることができた(と,思う).イスタンブールにやってきたのだ.昨年9月23日のブログでの“欧州自由区企画発表”が,先日のスロヴェニア観光局プレスコンファレンス参加に繋がったことは報告したが,実はさらに大
三浦 衛さんの“長野を走った東急5000系”ウェブページ
三浦 衛さん.最初の出会いがいつだったかは,記憶にないほどにはるか彼方の大昔.少なくとも彼が鉄道ジャーナル社に入社した直後のはずだから,もう30年以上も前であることは間違いない. 僕は三浦さんのことを,勝手に友だちと思いこんでつきあっている.ほぼ同年代で,
スロヴェニア観光局とトルコ航空のプレスコンファレンス
スロヴェニアは,隣りのクロアチアとともに,20年前に誕生してから関心を持ち続けてきた国のひとつである. それは,クロアチアのザグレ ブからスロヴェニアのリュブリアナ,オーストリアのヴィラッハを経由,ドイツのミュンヘンからベルリンに至る長距離国際列車“ミマーラ
さらにその後の江古田駅
3月10日のここで,“その後の江古田駅”をお伝えした. その時点では南口に練馬区の証明書サービスコーナーがオープンし,北口に店舗と郵便局のATMができあがっていたわけだけれど,その後の3週間で,さらに工事が進んでいる. 駅構内では練馬方への延長ホームが出来上が
新京阪嵐山線の橋桁
第2次世界大戦中,“不要不急路線”として複線を単線にされたり,あえなく廃止されてしまった鉄道路線は少なくない. 新京阪……阪急嵐山線もそのひとつで,経緯についてはレイル49号で下嶋一浩さんが詳しく述べられている.ちなみに,嵐山で接続していた愛宕山電鉄は“廃止
鉄道マンの安全意識 三陸鉄道で復興支援列車運転開始 そして
今回の地震について,状況確認をしているうちに,いくつもの,賞賛すべきできごとがあったのを知ることもできた.世の中,本当に便利になったもの で,職場や自宅にいながらにして,16年前の神戸の地震のときとは比べ物にならない分量の情報を,手元に手繰り寄せることができ
心からお見舞い申し上げます
3月11日午後に発生した“東北地方太平洋沖地震”に際して被災された皆様に,心からお見舞い申し上げます. 今(3月12日)現在は,このブログもご覧いただけない,それどころではないという状態であろうかと思いますが,どうか一刻も早く,これまで通り見ていただくことが
江古田駅その後
前回,わが事務所の最寄り駅である西武鉄道池袋線江古田駅のことを採り上げたのはいつだったか……昨年12月17日,“江古田駅の古レールが消えた”だった.それから早3ヵ月.その間に,江古田駅は駅本体の工事を終え,南北駅前の整備,仕上げに大童というのが現状である.ま
C61 20公開!
前回のこのブログでお知らせした,鉄道博物館でのC61 20の公開に行ってきたので,“臨時便”として,ちょっとだけその模様をレポートしてみることにした.一般公開が始まった直後の展示線風景.混乱を防ぐため,30人ずつのグループに区切って,1グループあたり5分間程度の
C61 20が仕上げ段階に.そして一般公開の案内
早いもので,今年ももう3月.四分の一が過ぎてしまった.C61 20が大宮総合車両センターに運び込まれて,初めて報道公開されてからちょうど1年でもある. ボイラ載せ,火入れ式と続いて,いよいよ2月21日には構内試運転線を使っての試運転が始まった.報道公開を心待ちに
新鶴見信号場ウォッチングポイント“新川崎ふれあい公園”
新鶴見といえば操車場と機関区だけれど,操車場は廃止されてからもう四半世紀が過ぎた.大阪の子供には,どんなに鉄道地図を見ても出てこない,謎の場所だった.もっとも,大阪は大阪で,“宮原”という,やはり鉄道地図に登場しない駅がある. さてその新鶴見.機関区は健
僕のCP+2011
CP+2011に行ってきた.といっても,なにそれといわれる読者も少なくないかもしれない.“一般社団法人カメラ映像機器工業会が主催するカメラ機材見本市”というのが,解りやすい説明だろうか. この見本市,これまでにも案内をいただいていて,毎回,“是非”と思うのだけ
南海電鉄12000系“サザン”完成
一昨日,東急車輛から南海電鉄向けの電車が出場した.この情報は,本誌の2月号“甲種・特大運行情報”でお伝えしているので,すでにご存じの方も多 いかと思う.僕も追いかけて,と,思っていたら,土屋隆司さんが,南武線の尻手の駅で信号待ちの間に撮影された写真を送って






















